肉じゃがコロッケ定食

宮城県仙台市でがんばる駆け出しライター・果物牛乳の人生観丸出しブログ。毎週火曜・木曜にゆる~く更新します。

山より!谷のほうが多かったよ!私の人生!

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こんにちは!果物牛乳です。

今朝の仙台は、涼しくてとっても心地よかったです。

なんか9月みたい。

 

さて、昨日は簡単な自己紹介をさせていただきました。

今日は、今まで私が何やってたのかっていう壮絶なストーリーと、

ブログを開設した経緯をお届けしたいと思います。

 

果物牛乳の壮絶すぎる今まで

*空っぽ人間だったころ(高校卒業から大学2年まで)

高校を出て、「とりあえずまだ学生でいたいな~フフン」という理由で大学生になった私。社会に出たら何をやりたいのか、どうなりたいのかを決めないまま4年間過ごしました。

 

たとえば、先生になりたかったら教育系、銀行員になりたかったら経済系のカリキュラムを取って勉強しますよね。しかし、

 

当時のワシ

「おっ?日本史概説?面白そう~小野妹子小野妹子♪」

「公衆衛生学?あんま興味ないけどほかに選べるのないし取っとくか」

「食生活環境だって!うわー楽しそう!食べるの好きだし!」

 

…と単位合わせと興味だけで授業を取り、

あとは演劇部の部室でお菓子ボリボリしてました。

授業はサボりませんでしたが。

 

*人生の泥沼にズブズブだったころ(大学3年から社会人2年目)

そんな私に大学3年の夏、すさまじい人生の試練が訪れます。

そう!当時付き合っていた方にフラれたんですw

(当時の自分にとっては草生やしてる場合じゃない)

 

まあいろいろありまして、大事にできなかったんです、相手を。

 

サークル仲間ということもあり、別れても卒業まで会わざるを得ず…

(卒業公演の稽古の時期とか本当にハゲるかと思った)

 

就職して離れても、ズルズル引きずりました。小さい子に持たせた買い物袋みたいに。

復縁本読んだり、スピリチュアルカウンセリング受けて相手の気持ちを探ったり。

うーん、今思うと気持ち悪いねwww

 

と、プライベートがそんな状態で、仕事もうまくいくはずがありません。

 私の社会人生活は以下のようなものでした。

 

1社目:百貨店

ピンクのリボンつけて「いらっしゃいませ(にこっ)」ってしてました。

 

・カード処理のミス、金額の打ち間違いなどでレジの現金過不足を出す

・いろいろなことを注意されて委縮し、怖くて何も発言できなくなる

・お局様に目をつけられ、あらゆる場面で嫌味な態度を取られる

・可愛がって支えてくれた上司が異動に

・包装やリボンかけが致命的にできない(朝6時に出社して、真っ暗な売場で泣きながら練習してた。あたまおかしい)

・これほどミスをしているので、優しくしてくれる方の目すら怖くなる

・最初の売場が辛すぎて異動した先が「使えない人がまわされる」部署と知る

・あらゆるフロアの催事の手伝いに入ってミスをするので、全館から白い目で見られている気がし始める

・「みんなそれぞれの売場で活躍しているのに」という劣等感から同期に話しかけられなくなる

 

他にもたくさんありますが、こんな理由で辞めました。

で、実家に戻ってそこから通える範囲で働くことに。

以下、ざっくりいきます~

 

2社目:肉屋

不衛生すぎるのと怒鳴られるのが怖すぎて退職

 

3社目:麺工場

粉っぽさと衛生面と体力・精神力の問題で退職

(「定年まで粉と汗にまみれて働くのか?」と思い、環境を変えたくて仙台へ移住を決意。今の場所に引っ越す)

 

4社目:なんか資材の会社

営業職で入ったが、社内でやる事務処理の段階で精神を病んで退職

 

*光を見つけたころ(社会人3年目から現在)

要するに、親の手前、焦ってたんですよね。「働かなきゃ」って。

何をやりたいのか、どうなりたいのかもわかってないから、ハロワとかジョ〇ポストとかで見つけた適当なところに入ってしまう。

 

で、4社目を辞めることを決意したころ、気付いたんです。

「私、いよいよおかしいんじゃないか」と。

 

だって、辞める理由はいつも同じ。

まず、仕事でわからないことを遠慮して聞けずに、自己判断で事を進めます。

「わからなかったら聞いてね」と「それくらい社会人なんだから自分で考えろ」の境目がわからないから。

 

で、分からないで進めてミスをする→怒られる→怖くなる→余計聞けなくなる→またミスをする、の堂々巡り。

そのうち、職場の人全員から白い目で見られている気がして、居られなくなって辞めるんです。

 

そこに気付いて、「これって精神障害か何かじゃないの?」

と思ってしまったわけですね。

 

最後に出社した日の夜、就労移行支援事務所に「助けてください」って電話しました。広瀬通駅で泣き崩れながらw

 

そこで数か月お世話になり、紹介していただいたのがいまの会社というわけです。

 

もはや希望しか見えない現在

精神障害手帳を取って働きはじめてから、

この1年ちょっとで私は以下のものを手に入れました。

 

・配慮がある環境で怖くならずに働ける仕事

・ライティングの仕事って楽しい、自分に合っているという発見

・支えてくれる両親に改めて感謝することで得た安心感

・カレンダー通りの休日

・毎日に幸せを見出して生きる生活

・一生夢中になれるであろう趣味を見つけたこと

・恋人であり友達であり兄と呼べるようなパートナー

・自分の中身と向き合えたこと

・将来の展望(理想の生き方、働き方)がわかったこと

 

これから実現したいことも見えてきました。

 

①場所や時間にとらわれずに働く

・仕事を早めに終わらせ、家事をしたり、プライベートをゆったりと過ごす

・自宅やカフェ、コワーキングスペースなどで快適に働く

・満員電車でイライラしながら通勤しなくていい

 

②一緒にいるだけで励まされるオーラを持った人たちと働く

・老若男女問わず、いつも笑顔いっぱいのあたたかい人たち

・みんなそれぞれ文章、工作、写真、デザインなど得意分野を持ってて、自分の好きなものを生き生きと語る人たち

・同じ目標に向かって頑張れる人たち

 

③大好きな写真や文章に関わりながら働く

・自分の好きなものの魅力を文章で発信する

・今まで撮りためた写真に短い文章をつけた本を出版する

・記事執筆、写真撮影、画像加工、コピーライティング、インタビューなどいろいろなことをやる

・カラフルで透明感のあるものが好きなので、そんな「色」のある仕事をする

 

ざっくり、こんな感じです。

また変わったり、追加するかもしれません。

 

ブログを作ったのは、「なにか行動を起こさなきゃいけない」と感じたからです。

 

写真に関わる仕事がしたいなら、

アルバム見てニヤニヤしてるだけじゃだめです。

見てもらわないといけない。

 

文章に関わる仕事がしたいなら、

自分のPCの中で書く練習をしてるだけじゃだめです。

読んでもらわないといけない。

 

だから、少しでも私のことを発信するために、

第一歩としてブログをはじめました。

 

これから私の好きなもの、日々思うこと、旅の記録などなど、

ちょっとずつこちらにしたためていこうと思います!

 

以上です!長くなりました~

 

ではでは!